3月9日はサンキューの日。毎日のちっちゃなありがとうを伝えてみませんか?
こんにちは、ししころです。
3月9日は何の日か知っていますか?
3月9日の日
なんだそうです。
見ての通り語呂合わせ。
覚えやすいですよね。
今日はサンキューの日にちなんで、『ありがとう』について考えてみたいと思います。
目次
3月9日はサンキューの日
元々は『特定非営利活動法人HAPPY & THANKS』って所が「ありがとうを届ける日」として制定したと内閣府のNPOポータルサイトにありました。
色々探してみましたが、現在は活動はされていないのかな?
目新しい記事は見つけられませんでした。
けれど『一般社団法人 日本記念日協会』のホームページには登録がありました。
なので、私が見つけられなかっただけで活動はされているのかもしれませんね。
企業や団体、個人などによってすでに制定されている記念日や、 新しく制定をした記念日についての認定と登録を行って記念日を管理している。
最初に登録された方々が活動をされているかされていないかはさて置き、[ruby]3月9日[/ruby]の日って覚えやすいですよねー。
なので、この日は自分の中で「さくっとサンキューを伝える日」にしてみるっていうのはどうですか?
感謝を伝える日は色々あるけれど…
母の日
父の日
勤労感謝の日
最近ではバレンタインデーも感謝を伝える日になってきていますね。
一年に一度、『ありがとう!!』を伝える日。
大切な日です。
でも『ありがとう』って別に一年に一度、しかもプレゼントまで用意して、まとめて言うだけでなくてもいいと思うんです。
これらの記念日が「いつもありがとうございます!!」って感じだとしたら、3月9日は「サンキュー!」って目の前の小さな事に感謝するでいいと思うんです。
『ありがとう』の対義語って知ってる?
『ありがとう』の対義語はなんだか知っていますか?
正解は『当たり前』なんですよ。
『ありがとう』は漢字で書くと『有難う』です。
『有難う』とは『有難い(し)』
『ありがたし』は『ある事が難しい』
すなわち、『滅多にない、珍しい』という意味です。
なので対義語は『当たり前』となるのです。
普段の生活の中で、あなたが『当たり前』だと思っている事って、本当に『当たり前』なのでしょうか?
コンビニで「ありがとう」を言うのは常識?
『コンビニの店員さんにありがとうと言うべきか、言わないでいいのか』について取りざたされていましたね。
『言う派』と『言わない派』で、様々な所で自論が展開されていました。
- 「接客してもらってるんだから言うのが当たり前。」
- 「何に対してのありがとうかさっぱり分からない。」
- 「コンビニの店員なんて自販機と同じ。お礼を言うやつなんてキモイ。」
- 「相手は仕事。こっちがありがとうって言う必要はない。」
- 「馴れ馴れしい。」
- 「お互いがいい気分になる。」
- 「マナーだと思う。」
- 「わざわざ声に出して言う必要ない。いい人ぶっている。」
などなど。
あなたはどうですか?
私は「ありがとう」を言う派ですが、言うか言わないかは人それぞれでいいんじゃないかなぁって思います。
なぜなら、お金を払ってそのサービスが受けられるという事が『当たり前か、当たり前でないか』の捉え方は、人によって違うから仕方ないと思うのです。
私はお金を払っていますが、宅配の荷物を持って来てくれる人に「ありがとう」と言います。
ゴミを収集してくれる事に「ありがとう」って思います。
コンビニの店員さんにもスーパーのレジの人にも接客してくれて「ありがとう」って言っています。
なぜなら、お金があってもそのサービスが無かったり、そのサービスを提供してくれる人がいなかったら、そのサービスを受けられないからです。
海外では宅配の荷物を勝手に開けたり、持って帰ったり、捨てたりされて手元に届かない事があります。
ゴミを収集してもらえずゴミだらけの街があります。
物が買いたくても買う場所が無い地域もあります。
それを知っている上で、『当たり前じゃない』って知っているから「ありがとう」に値すると思っているのです。
『ここは海外じゃないし、お金を払えば荷物を持って来て、ゴミを持って行って、接客するのが当たり前』って考えが有っても当然です。
人によって『当たり前』と『ありがとう』の線を引く場所は違うのです。
考え方の違いなので、どっちかが正しくてどっちが間違ってるって判断するのは難しいと思います。
ただ、嫌な思いをする店員さんが「やってられない」って辞めてしまうと、働き手が減って経営が困難になるお店が出てくるかもしれません。
そうなった時、近所のコンビニが無くなって不便な思いをする日が来るかもしれませんよね。
コンビニだけでなく、スーパーやガソリンスタンド、電車にバスにタクシー。
身の回りには無くなっては困るものがたくさんあります。
『お金を払う方が上』とか、『お客様は神様です』という考え方と『Win-Win』という考え方。
色々な考え方があって、人によって『当たり前』と『ありがとう』の線を引く場所は違うという事を覚えておいて下さいね。
日々の小さな出来事に感謝する
- 旦那が会社に行って稼いでくるのは当たり前
- 妻が家事をするのは当たり前
- 子どもが学校に行って勉強するのは当たり前
夫婦間、親子間で『当たり前』と『ありがとう』の線引きをする場所があまりにズレていると「こんなにしてあげているのに感謝されない!!」とか「誰のおかげだと思っているんだ!!」とか、もめ事に発展するんだと思います。
ここで家庭円満のおすすめポイント!!
『当たり前』より『ありがとう』の範囲を広くするって事です。
『やって当たり前』から、『やってもらってありがとう』という考え方に変えると平和になります。
我が家も『ありがとう』の範囲を広くしています。
旦那さまに働きに行ってくれてありがとうって思っています。
「ありがとう、いってらっしゃい!!」と子ども達も感謝してお見送りしています。
旦那さまが帰って来て家が散らかっていても、「一日何してたんだー!!」とか怒られません。
逆に普段掃除をしていない所が綺麗になっていたら「おっ、ここめっちゃきれいになってるー、ありがとう!!」と言ってくれます。
旦那、ここ地雷かなって所はスルーする見事な鈍感力、鍛えられとるなぁ。
ねこ
1980年代のアニメに『愛少女ポリアンナ物語』っていうのがありました。
愛少女ポリアンナ物語
どれだけ苦しい状況でも、牧師である父親の遺言の「よかった探し」をするポリアンナが印象的で、前年の『小公女セーラ』に続くヒット作となった。この作品では上記『よかった探し』という言葉が創作され、視聴者の間で定着したが、この原作が出版された時も、主人公の名前であるPollyannaは「極めて前向きな楽観主義者」の意味として使われ、その後心理学分野での用語「ポリアンナ効果」「ポリアンナ症候群」が生まれた。
参照元:Wikipedia
子どもの頃、テレビで見ていたアニメです。
ポリアンナは9割嫌な事が有っても、残りの1割で「あぁよかった!!」に持って行くんです。
子ども心に「えーっ!!そんなどん底でそんなにプラス思考になるの!?」と驚くほどポジティブなんです。
ポリアンナ風に考えると『当たり前の事でもよかった事』に大変身です。
歯を磨く事が当たり前⇒⇒「あぁ、磨ける歯があってよかった!!」
今日も手が動く、足が動く、目が見える、耳が聞こえる⇒⇒「あぁ、よかった!!」
子ども達が学校に行って勉強するのが当たり前⇒⇒「今日も元気に学校に行ってくれて幸せだなぁ、あぁよかった!!」
となるのです。
『ありがとう』と『よかった』は、小さな出来事でも幸せにする、最強コンビだと思います。
まとめ
いかがでしたか?
さくっとサンキューを言う。
毎日は小さな事の積み重ねで出来ています。
だから小さな出来事でも一つ一つに感謝するって実は一番大切なんです。
母の日父の日、勤労感謝の日は、一年に一度感謝の気持ちを伝える日。
そして3月9日は、プレゼントなんか無くてもいい。
『当たり前』になっている日々の出来事は本当に『当たり前』なのか?
考える日にしてみてはどうでしょうか?
奥さんに
「お風呂沸かしててくれてありがとう」
「Yシャツアイロンがけありがとね」
旦那さんに
「ゴミ捨てありがと」
「今日もお疲れ様、ありがとね」
さくっと目の前のちっちゃな事に「サンキュー」、「ありがとねー」って伝えてみて下さいね。
『ありがとう』はテレパシーでは伝わりません!!
ちゃんと言葉で伝えて下さいね(*^^*)
おしまい。
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